大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和27年(く)28号 決定 1952年9月06日

抗告人 弁護人 佐藤菅人

被告人 郭相玉こと朴三徳

主文

原決定を取り消す。

理由

本件抗告の要旨は、被告人に対する麻薬取締法違反事件について大阪地方裁判所の昭和二十六年十一月十日附保釈決定によつて弁護人佐藤菅人から保釈保証金十万円を納付したところ、右被告人に対し、昭和二十七年一月二十六日保釈取消決定があつたが、その際右決定書中に一旦保証金を没取する旨記載したのを、係裁判官が任意にこれを取り止めてその記載を抹消し、結局その際は没取しないものとして保釈取消決定があつた。その後被告人は同年五月二十八日他の事件で起訴せられ、この事件と前記麻薬取締法違反事件とは原裁判所が併合審理の上同年六月二十四日懲役一年六月の言渡があり、これに対し被告人は控訴申立をしたのであるがその後原裁判所は同月二十八日附を以て右保釈保証金を全部没取する旨の決定を為し、右決定書は同年七月一日送達せられた。これよりさき、被告人は同年六月四日前記保釈取消により正式収監処分を了され引続き大阪拘置所に拘束せられておるから右保釈保証金は還付せらるべきものである。かような次第で、本件保釈取消決定の際保証金を没取しかけてこれを取り止め、その後約半年を経過し没取の決定をしなおすこと自体どうかと思われるが、かりにこれを可とするも、没取の必要があるならば収監前に為すは格別、少くとも右保釈取消による身柄収監後においては、刑事訴訟規則第九十一条第一項第二号の明文もあつてもはや還付のほかないのに、これを無視しあえて追かけ没取を試みんとする原決定には承服できないから抗告に及ぶ、というのである。

判決確定前における保釈保証金の没取について、刑事訴訟法第九十六条第二項に「保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で保証金の全部又は一部を没取することができる」と定めてあつて、保釈取消後において保証金を没取することができる旨の規定がないから、保釈保証金を没取する決定は、保釈を取り消す決定と同時にしなければならないと解すべきである。原決定が援用しておる刑事訴訟規則第九十一条(昭和二十六年十一月二十日公布最高裁判所規則第十五号改正)第一項第二号の趣旨は、保釈が取り消され又は効力を失つたため被告人が収監されたときには、没取されなかつた保証金を還付しなければならないというのであつて、保釈取消の場合で言えば、保釈取消のとき没取されなかつた保証金還付の時期を被告人の収監にかからせるというに止まり、被告人が収監されるまでは何時でもさきの保釈取消決定に附加してあらたに没取の決定を為し得るという趣旨ではない。

本件記録(昭和二六年(わ)第二四九〇号郭相玉名義麻薬取締法違反、昭和二七年(わ)第一二四九号朴三徳名義窃盗、各被告事件併合記録)を調査すると、麻薬取締法違反事件について弁護人佐藤菅人から保釈の請求があり、原裁判所は昭和二十六年十一月十日保証金十万円と定めて保釈を許可したところ、被告人は、一度病気診断書を提出したきりで第一ないし第四回公判期日に出頭せず制限住居から逃亡したので、原裁判所は昭和二十七年一月二十六日右の保釈を取り消したが、そのとき原裁判所は保釈取消決定書中の「保証金は全部これを没取する」という条項を一行抹消し、結局保釈取消に当つて保証金を没取しなかつたところ、被告人は、大阪駅においてすり窃盗をした嫌疑により逮捕せられ、同年五月十六日勾留状発付、同月二十八日朴三徳名義を以て大阪簡易裁判所に起訴せられ、同人が郭相玉と同一人であることが発覚し、同年六月四日前記保釈取消決定に基ずき大阪拘置所に収監せられ、一時勾留状の執行が重複する状態となつたが、右窃盗事件は同月十二日大阪地方裁判所に移送となり前の麻薬取締法違反事件と併合審理の結果同月二十四日懲役一年六月の言渡があり、被告人から控訴の申立があり、現に窃盗事件について発せられた勾留状の執行を受けておること 原裁判所は同月二十八日前の保釈取消決定に附加するという前提の下に前記保証金を全部没取する旨の決定をしたことが明らかである。然らば、原裁判所は、保釈を取り消す際に保証金没取の決定を為さず、保釈取消による身柄収監によつて被告人に還付請求権が発生した後において保証金の没取をしたものであるから、たとえ悪質犯罪者であることが保釈取消後において発見せられたとしても、失当と言うのほかはない。原決定は取消を免れない。

よつて、本件抗告を理由ありと認め、刑事訴訟法第四百二十六条第二項によつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例